a strange and beautiful contradiction

Rhinotillexophilia

誰も見ていない時、何をするか。鼻をほじる。そう、言った。こんなことをするのは、私だけじゃないはずだ。小さい頃から、鼻に指を入れたり、皮膚をいじったりする癖があった。良くも悪くも、母はあまり私に干渉せず、好きなようにさせてくれた。だから、それが悪いことだとは思ってもいなかった。私には、ごく自然なことだった。猫が毛づくろいをしたり、犬が自分の耳をかいたりしても、私たちはそれを恥ずかしいことだとは思わない。でも、人間は動物とは違うと思いたくて、自分たちにいろいろな行儀のルールを作ってきたのかもしれない。そして、私のような人は、失敗するたびに、自分の行儀がどれほど悪いかを少しずつ学んでいく。たぶん、一生かかる。人前で鼻をかむのもよくないと知ったのは、二十代になってずいぶんたってからだった。昔から、あまり女性らしいタイプではない。むしろ、自分の野生的なところに従っている。わざとではないけれど。人が引いた時に初めて、自分が何か変なことをしたり、びっくりするようなことを話したりしたと気づくことが多い。鼻をほじることなんて、わざわざ考えるほどの話ではないかもしれない。でも、人は何歳ぐらいから、自分の体の働きを意識して、それを恥ずかしいと感じるようになるのだろう。そして、社会から学ぶこの恥ずかしさは、私たちにどんな影響を与えるのだろう。時には、私たちの行動を抑える。でも、本来は自然なことまで恥ずかしいと思わせることもある。

沒有人看的時候,你會做什麼?我會挖鼻孔。對,我說了。總不可能只有我會這樣吧。從小,我就有把手指插進鼻孔、摳皮膚的習慣。不管是好是壞,媽媽從小就很少干涉我,基本上就是讓我做自己。所以我根本沒想過這有什麼不對。對我來說,這些都是很自然的事。貓舔毛、狗抓自己的耳朵,我們也不會覺得牠們有什麼好丟臉的。可是為了告訴自己人和動物不一樣,我們給自己訂了各種規矩,什麼可以做,什麼不可以做。像我這種人,大概只能一次又一次地失禮,才慢慢發現自己的禮貌到底有多糟。可能一輩子都學不完。一直到二十幾歲,我才知道在人前擤鼻涕也不太好。我從來就不是很有女人味的那種人。反而常常順著自己比較野性的一面。也不是故意的。很多時候,都是看到別人往後縮,我才發現自己是不是做了什麼奇怪的事,或說了什麼讓人嚇一跳的話。也許挖鼻孔實在不是什麼值得討論的話題。可是我真的很好奇,人到底從幾歲開始意識到自己的身體功能,並且因此感到羞恥。我也在想,這種社會帶來的羞恥感是怎麼影響我們的。它有時會約束我們的行為,也可能讓我們對一些本來很自然的事感到羞恥。

Bunny Umwelt